共働きの夫と、3歳1歳の子どもと暮らしています。

5年後にどうなっていたいかを考えたとき、私は、家族についてこう書きました。

各自がやりたいことに元気に取り組めるよう、家が心理的安全性のある休息できる場所であるようにしたい。

自分が自分のままで好きに過ごせる場所、互いの自由を重んじつつ思いやりをもって接する関係でありたいなと。

それにはきっと、おかあさんである私の、情緒の安定が大事なんじゃないかなと思うのです。

でも実際は、力がみなぎる日もあれば、弱々しく落ち込んでしまう日、どこかに痛みがある日もあります。
生きているかぎり、いつなんどきも元気いっぱいだ、という人はいないですよね。
実際私はここ数年、産前産後のホルモンの波によるものなのか、日々変わりゆく子供の成長に寄り添いつつ産育休をとって復職しての変化に自分を適応させるのに精一杯。情緒の安定からは程遠い日々を過ごしています。


そして、最近気になっていたのは、自分が子どもたちの前でなんだかいつも忙しそうにしていること。

特に平日は、朝6時前に起きてから8時前に保育園に連れて行くまではもちろん、夕方18時に保育園に迎えに行ってから20時に寝かしつけするまでも、やっぱり実際忙しい。
「早く食べてー」「早くお着換えしてー」「早くお靴はいてー」「早く歩いてー」と子どもを急かしてしまっています。

全然ヒマそうじゃない。

ヒマというのは、実際にありあまる時間を持て余していたい、というわけではないんです。
子どもたちが大きくなるにつれて、保育園や学校であったことをもっと私に話したくなるかもしれない。
そんなとき、話しかけやすい雰囲気でいたいなと思うのです。

自分の子どもの頃を思い返すと、私の母は専業主婦だったこともあってか、勝手になんとなく「お母さんはヒマだ」と思っていた気がします。
今思えば、母も実際はいろいろとやることがあって忙しかっただろうと想像しますが、私や弟妹の前でヒマそうな姿も見せてくれていたのはよかったなと。
実際、私はなんでもかんでも母に話すタイプではなかったけれど、私が何か話したら母はまあ興味を持って聞いてくれるだろうと信頼していた気がします。

考えてみれば、仕事でもそういうことってありますよね。
これまで私が相談しやすいと感じてきた人たちはみんな、話しかけたとき、忙しそうにしなかったように思います。


情緒の安定や忙しさを感じさせない佇まいについて考えるとき、私の頭の中には、詩人・茨木のり子さんの『みずうみ』という詩の「人間は誰でも心の底にしいんと静かな湖を持つべきなのだ」という一節が浮かびます。


『みずうみ』
だいたいお母さんてものはさ
しいん
としたとこがなくちゃいけないんだ

名台詞を聴くものかな!

ふりかえると
お下げとお河童と
二つのランドセルがゆれてゆく
落葉の道

お母さんだけとはかぎらない
人間は誰でも心の底に
しいんと静かな湖を持つべきなのだ

田沢湖のように深く青い湖を
かくし持っているひとは
話すとわかる    二言    三言で

それこそ    しいんと落ちついて
容易に増えも減りもしない自分の湖
さらさらと他人の降りてはゆけない魔の湖

教養や学歴とはなんの関係もないらしい
人間の魅力とは
たぶんその湖のあたりから
発する霧だ

早くもそのことに
気づいたらしい
小さな
二人の
娘たち

出典 : 茨木のり子『茨木のり子詩集』



二人の小さな女の子が言った「しいんとしたとこ」という言葉を、心の底の湖、として受け取った茨木のり子さん。

茨木のり子さんと言えば、代表作として「自分の感受性くらい    自分で守れ    ばかものよ」という一節がよく知られています。

この「しいんと静かな湖」という言葉も、守るべき自分の感受性と深くつながっているのではないでしょうか。

人間の魅力とは、この隠し持っている(そしてきっとそれは少し話せばわかる)湖から発する霧だと茨木さんは言います。

直接、具体的に深い話をしないでも、何気ない一瞬で、「ああ、そうなんだ」と心の底で通じ合う感覚が芽生える感じ。

そうして深い場所で繋がるためにも、自分自身と繋がるためにも、自分のなかの「しいんと静かな湖」を大切にしたいなと思います。

そのためには何をしたらいいのかな。

たぶん、"誰でもない自分になって、自分自身と言葉ではない対話のできる時間"が、日々の中に必要なんじゃないかなと思います。
忙しい日常の中では後回しにしてしまいがちだけど、大事なこと。

やるべきことのTODOリストで24時間を埋めるだけではなく、やりたいことや自分が意味のあると感じることをする時間を、自分とのスケジュールにアポを入れていく感じで。

時間は有限で足し算ばかりは出来ないから、どこかで引き算をするためにやめる時間術も必要かもしれない。

私のこれからの5年間は、そんな時間の使い方を考えるものになりそうです。